2011年07月11日
スッピン?
わたしの周りで化粧をしない人が増えている(ような気がする)。
生活や暮らし全般にわたってのナチュラル志向、LOHAS志向は高まる一方だ。
着るもの、食べるもの、住まいのこと、すべてが自然志向で、持続可能な社会への方向性を持って進んでいるかのようだ。
スッピンで、美しい人を良く見かける。
自分の生き方を肯定できているんだろう。
何もつけず、何も飾らず、主体的に自分を生きる人が増えているんだと思う。
素晴らしいと思う。
美しいということのスタンダードも変わったのかもしれない。
シミがあっても、シワがあっても、その人なりの年齢の重ね方をしていれば、その方が美しいのではないか、と。
第三者の価値観で化粧をする/しないを決めるのではなく、自分が快適と思うやり方でやる、そんな人が多くなったのだ。
シミもシワもも隠さない素顔にそんな意思を感じる。
さて、自分に関しては、いまだに朝起きて、いつも通りに化粧をしている。
化粧をしない自分、を出してしまえば、それは気にならないかもしれない。
でも、私自身はやはり化粧をした自分に慣れてしまい、しないでは気持ちが悪いのだ。
誰のためでもなく、自分のために化粧をする。
それはそれで、悪いことではない、と自分では思っている。
生活や暮らし全般にわたってのナチュラル志向、LOHAS志向は高まる一方だ。
着るもの、食べるもの、住まいのこと、すべてが自然志向で、持続可能な社会への方向性を持って進んでいるかのようだ。
スッピンで、美しい人を良く見かける。
自分の生き方を肯定できているんだろう。
何もつけず、何も飾らず、主体的に自分を生きる人が増えているんだと思う。
素晴らしいと思う。
美しいということのスタンダードも変わったのかもしれない。
シミがあっても、シワがあっても、その人なりの年齢の重ね方をしていれば、その方が美しいのではないか、と。
第三者の価値観で化粧をする/しないを決めるのではなく、自分が快適と思うやり方でやる、そんな人が多くなったのだ。
シミもシワもも隠さない素顔にそんな意思を感じる。
さて、自分に関しては、いまだに朝起きて、いつも通りに化粧をしている。
化粧をしない自分、を出してしまえば、それは気にならないかもしれない。
でも、私自身はやはり化粧をした自分に慣れてしまい、しないでは気持ちが悪いのだ。
誰のためでもなく、自分のために化粧をする。
それはそれで、悪いことではない、と自分では思っている。